浅草で思い浮かぶ人と言えば、浅草キッドでも有名なビートたけし。文豪では 浅草を愛し何度も訪れた永井荷風、川端康成。そしてもう1人忘れてはいけないのが、樋口一葉でしょう。

奥浅草の樋口一葉記念館

樋口一葉は明治時代に活躍し現代文学を代表する女性小説家です。樋口一葉が残した作品は日本の近代文学史に大変な功績を残しました。その功績を称えるかのように樋口一葉は女性で初めてお札に描かれました。

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五千円札の肖像画で有名です。樋口一葉の作品を知らなくても樋口一葉の肖像画は見る機会は多いと思われます。樋口一葉の作品は「春ごもり」や「竹くらべ」などが有名です。

樋口一葉って浅草なの?と思うかもしれませんが、正確には奥浅草。竜泉と言われる場所が「たけくらべ」の舞台です。

そんな樋口一葉の作品や生涯などが楽しめその業績を振り返る事が出来る記念館が東京都台東区にある一葉記念館です。この一葉記念館が「竹くらべが発表され120年の記念の年に当たる2015年は記念の行事などが行われます。この機会に樋口一葉と一葉記念館についてまとめてみたいと思います。

樋口一葉は日本初の職業女流作家です。樋口一葉の作品は日本近代史に大きな功績を残し現在でも色褪せる事もなく、いろいろな場面で取り上げられる機会も多いです。また明治にはたくさんの有名な文豪も多くその方たちとの交流も多かったと思われます。そんな樋口一葉の生涯や作品などを振り返ってみたいと思います。

樋口一葉の生涯について

樋口一葉は1872年5月2日東京に生まれました。前述しましたが日本初の女流職業小説家です。たくさんの兄弟の中で育ち決して裕福とは言えない暮らしでした。母は女性に学問はいらないという考えの人で、一葉の成績は優秀であったにも関わらず進学を勧める事はなかったです。

父に文才を認められてその道へ

しかし東京の役人であった父は娘の文才を見抜き知人の和田重雄に歌を習わせ、更に日本女子大の講師でもあった中島歌子に歌や古典を「萩の舎」で習わせた。上流階級の人間が集まるこの塾で一葉はこれから先日本近代史で活躍するような人々と出会います。

文筆家・画家の三宅花園もその一人です。身分の違いで苦労する事も多かったそうです。皆が晴れがましい衣装で臨む新春恒例の初会なども借りてきた古着で出席するなど劣等感を感じさせないように過ごしたそうです。悪い事ばかりでなくこの場所で多くの事も学んだと思われます。

樋口一葉にふりかかる度重なる不幸

そんな中更に一葉には不幸が襲い掛かります。1888年に家主でもあった長男の死があり若干17歳の一葉が父の後見があり戸主となります。更にその後見である父も同年亡くなるなどして不幸が追い打ちをかけます。

また許嫁であった渋谷三郎にも婚約を破棄され度重なる不幸に一葉は傷付いていきます。そんな生活が苦しい中、母と妹は針仕事のような内職をして生活を支えますが、一葉はその仕事が肌に合わなかったのか萩の舎の中島家に住み込みで塾の手伝いをします。

稼ぐための小説の道

それだけの収入では生活を支えるに至らず一葉は更に収入の道を探っていると、同じ塾生田辺花圃(三宅花圃)が小説「藪の鶯」で多くの原稿料を貰った事を聞き小説家となる事を決意します。20歳の時に「かれ尾花一もと」を発表します。この年に随筆などを発表しています。更にこの時妹の友人の紹介で朝日新聞記者半井桃水に出会い、自分の小説の枠を広げる為に半井の指導を仰ぐようになります。

処女作の後のバッシング

図書館に通いながら勉強し処女作「闇櫻」を半井の担当する「武蔵野」の創刊号で発表します。この頃から二人の仲を怪しむ声が聞こえ、また半井が困窮する一葉の面倒を見ていたこともあり醜聞となり更に中島歌子からも絶交されます。当時二人は独身であり現在では問題はないのですが当時としては大きい醜聞であったそうです。

その醜聞があった後に、書かれた今まで違う作風で書かれた「埋もれ木」が人気を博し一葉の評価は上がり出世作となりました。その後歌圃の紹介で明治の英文科学者、翻訳家の平田禿木と知り合った事で島崎藤村などが発表する「文学界」で雪の日などたくさんの作品を発表します。そんな中前の許嫁渋谷三郎から求婚されるが、婚約破棄された時のいきさつもありきっぱりと断ったそう。ちょっと売れてから戻ってくるなんて、男性のほうも図々しいですね。笑

たけくらべのきっかけとなった竜泉での生活

その後、生活を改善する為に、お金まで借りて、吉原遊郭の近くの下谷竜泉寺町(現一葉記念館があります)で駄菓子などを売っていましたが1894年にその店を閉め別の場所へと移動します。

この場所で店を始めたことが、吉原の生活を知るきっかけとなったのでしょう。そこからたけくらべの執筆につながりました。

同じ1894年には文学界に「たけくらべ」を、12月に「大つごもり」を発表し翌年には「たけくらべ」更に同じ年に「にごりえ」「十三夜」など発表しました。この年は後に代表作となる作品を立て続けに発表し一葉の充実した時期であったかもしれません。

文学史に残る作品と、巨匠の評価

1896年「文芸倶楽部」にバラバラに発表されていた「たけくらべ」を一度に掲載するとその頃重鎮であった森鴎外や幸田露伴ら辛辣な評論家(小説家)達から大きな評価を得ました。その評価のお蔭で島崎藤村や斉藤緑雨らが訪問し樋口一葉の人脈は広がっていきます。その年5月「われから」などを発表します。

短すぎる人生に、波乱万丈な人生

しかしこの頃より肺結核が進行していき1896年11月に24歳の若さで無くなりました。死後に「一葉全集」などが発表されました。一葉の死後数年経った大正時代に親戚の力で一葉の文学碑が建立されました。

その年に文学碑の除幕式と同時に焼香が行われ旧友などが参列しましたが、前の婚約者渋谷三郎が出席した事で(しかも何故か親族として…)旧友たちが「いやいや、図々しいだろうお前…」とかなり怒ったなんて話もあります。

樋口一葉は24歳という早い生涯を終えましたがその人生は波乱万丈でした。そうした作家生活も1年弱短い間にたくさんの名作を残し後世にその名を作品と共に刻みました。女性として作家として魅力ある人間だと思います。

 

作家としての樋口一葉

樋口一葉はロマン派の女流作家です。作家生活は一年弱と短いの期間でしたが、後世に残る作品を多数残しました。樋口一葉の作品に影響を与えたのは吉原の近くで雑貨屋での生活が影響していると言われます。

江戸時代の浮世草子で代表である井原西鶴のような浮世的な文体で明治時代の女性の生活を悲哀共々を描写してきました。特に短編小説「たけくらべ」は吉原に住む14歳の少女と運命の少年との恋物語を中心に描きつつ、東京に住む子供達の生活を吉原を背景に思春期の状態を描いていきます。この作品は森鴎外などの一流作家にも大変高評価をもらいました。後に映画・TVドラマ・舞台でも演じられます。

樋口一葉の小説に対する現代での評価の一つとして若干読みづらいという側面を指摘する声もあります。古文体で書かれている事も理由ですが読点を使い一文が長いという特徴のためでしょう。

しかしその事で樋口一葉の作品の評価が悪くなるという事だけでなく、登場人物の描写が複雑にかかわる中で分かりやすく描かれています。その事が樋口一葉の作品が評価される理由でしょう。

樋口一葉の作品について

デビュー作「闇桜」は幼馴染の男女の初恋を描いた作品です。儚くも淡い初恋を描いた作品です。出世作「大つごもり」は大晦日の意味を持ちます。吉原界隈で雑貨屋を始めた翌年に発表された作品です。

山村家に奉公に出ていたお峰の大晦日の様子を描きつつ、明治時代の女性の悲哀を自身に重ねて描いた作品です。病気の叔父の為に盗みをしてしまう女性の葛藤を描いています。その後「たけくらべ」を発表しています。

「にごりえ」は1895年発表の短編小説です。居酒屋で働くお力が二人の男の人の間で揺れ動く姿を三人の様子を絡めながら落ちぶれていくお力が無理心中の末に死んでいく様子を界隈の人々の生活と共に描いています。勿論この作品も映画等で後世に公開されました。

その他にもたくさんの名作がありますが代表的な作品を数作こちらで紹介しました。樋口一葉は悲哀に満ちた女性を描く作品を多く出版しました。これは自身の体験に寄る事と現在一葉記念館がある吉原界隈での雑貨屋での経験が多く影響していると言えます。また後世で映像化された作品が多い事でも分かるように作品が時代を超え多くの人の共感を得て、高評価を得ている事に他ならないのでしょう。

一葉記念館について

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一葉記念館は現在東京都台東区にあります。この場所は一葉にとっては大変重要な場所となっていました。多くの自身の作品に影響を与えたと言われる雑貨商をしていた場所でもあります。2015年には代表作「たけくらべ」の出版で今年で120周年を迎えその為に多くの記念行事が行われています。

一葉記念館の概要

  
「たけくらべ」の舞台となった龍泉寺町の有志の人々により「一葉協賛会」が結成され戦災で失われた「一葉記念碑」を再建されました。さらに昭和に入り「一葉女史たけくらべ記念碑」を建設、「樋口一葉旧居跡碑」が一葉の旧居の跡地にけんせつしました。さらに有志会員は積立金で台東区に記念館の建設を台東区に要求します。その熱意に応える形で台東区側は昭和36年にオープンしました。40年の月日を経たこの施設は老朽化しますが、樋口一葉が五千円札の肖像画に選ばれた事を記念し平成18年にリニューアルしました。

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記念館の施設など

この記念館は三階建てで作られており更に地下一階も合わせ大変大きな建物となっています。展示室も大きくとられており展示室には貴重な展示品が並びます。その展示品の一部を紹介しますとたけくらべの下書きや一葉が使った仕入帳、一葉が実際に使い小説を書いた机など貴重な展示品が続きます。

ミュージアムの方に目を向けるとここでしか手に入らないような品が並びます。リニューアルを記念して作られた資料目録や一葉箋、金と銀の色合いがきれいな栞などすぐに手に入れたい、記念館を訪れた際に記念として購入したい品々が並びます。こちららで購入出来ればいいのですが、遠方で中々訪れる事が出来ない方の為に通信販売もしております。
 

年間イベントなど

 一葉記念館は年間を通してのイベントも充実しております。各月ごとにいろいろな展示イベントを開催して、訪問する人を飽きさせないように工夫しております。例えば明治の街並を再現して一葉の旧家を模型で展示するイベントがあったり、一葉の文学作品の解説や考察をするイベントなどもあれば伝統工芸の木目込人形展や一葉の名作の朗読会なども数回行われます。夏休みなどには子供朗読会が開かれ子供達にも一葉の作品の素晴らしさが伝わるようになっております。文化ボランティアによる「たけくらべ」にゆかりのある場所を巡るイベントがあります。飽きさせない構成で年間を通して行われています。特に2015年は「たけくらべ」の発刊120年を記念したイベントも数多く行われます。またこの一葉記念館のイベントの特徴は朗読会が多く定期的に行われている事です。現在朗読は中々触れる事のないイベントですのでたまには一葉の世界に朗読を聞きながら楽しむことも休日の過ごし方の選択肢かもしれません。

一葉記念館の口コミなど

一葉記念館の口コミも多く寄せられています。全体の印象として悪いという評価はほぼないです。目を引く口コミとしてはここを目的として訪れるというよりは、近くに来てちょっと寄ってみたら明治の様子を知る事が出来て良かったという口コミや苦労して小説を書き続けた一葉の凄さに感動したという口コミがありました。

多くの口コミで見られるのが訪れてみて良かったという声が多かったです。少しアクセスに難があるという声がありましたが、苦労して訪れて良かったという好意的な口コミに変わっています。

浅草で日本を代表する作家、樋口一葉を知ろう
 

樋口一葉は明治の時代を駆け足で駆け抜けた日本近代史が誇る小説家です。この時代には幸田露伴や森鴎外、島崎藤村など多くの影響を与え世界的に有名な作家たちがいましたがその作家たちに負けずに名作を生み出しました。しかし樋口一葉は恵まれた一生を送った訳でなく、むしろ不幸を背負って生きてきました。その事が樋口一葉の描く作品の中に出てくる登場人物に投影されています。
 
樋口一葉は生前・生後両方で評価を受けました。作家生活は1年弱と短かったのですが、たくさんの作品を生み出す事で多くの支持者を得ました。そしてその事で一葉記念館が出来上がりました。生前は恋が実る事はなかったのですが、協力者は多くいたことがこの一葉記念館の展示物を見ればわかります。

24歳という早い一生を終えた事で作品にはリアリティーを持ち、その儚さに樋口一葉の支持者は支持を止めないのでしょう。
この記念館へのアクセスは難しいと声が上がっていますが、ちょっと寄り道という気持ちで行くと展示や周りの雰囲気に感動している方が多いです。樋口一葉の作品もそうなのでしょうが文体は難しいのですが、読んでみると引き込まれてしまうという感覚がこの一葉記念館にもあるのでしょう。ぜひ訪れたい場所です。

店名 一葉記念館
住所 東京都台東区竜泉3丁目18番4号

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カテゴリ:歴史, 見る・遊ぶ タグ:

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