浅草といえば「浅草寺」・・・しかし、その浅草寺境隣にある、浅草神社というのはある意味、浅草寺よりも浅草の人にとって馴染み深く、愛されている存在なのです。それもそのはず、年に一度浅草が浮き足立つ「三社祭」は、この浅草神社のお祭り。三社様と呼ばれ、親しまれています。

今回は、観光だと浅草寺の影になりがちな、浅草神社にスポットを当ててみましょう。



浅草神社の歴史:3人の男性が由来のちょっと珍しい神社!

浅草神社の正確な創建年代は不明ですが、その起源と経緯や各時代の縁起等から推測すると、平安末期から鎌倉初期以降に建立された、と考えられます。いまでは、海外からの観光客にも大人気の浅草神社ですが、その歴史はとても古いのです。浅草神社の由来とされるエピソードは、もっと前の時代のものであり、推古天皇の時代まで遡ります。

神社で伝えられる浅草神社の起源とは

推古天皇の時代である628年、檜前濱成と檜前竹成の兄弟が宮戸川(現在の隅田川)で漁をしていました。以前隅田川に関する記事で述べたように、隅田川は色々な名称で呼ばれてきた歴史があるのです。さて、その隅田川で檜前濱成と檜前竹成の兄弟が釣りをしていると、網に同じ人形の像が繰り返し掛かった。「これはいったい何だろう?」と思った兄弟がこの地域で物知りとして知られていた人物である土師眞中知に相談した所、これは観音像であると教えられたので、二人は毎日その観音像にお祈りをすることにしました。その後、土師眞中知は剃髪して僧となり、自宅を寺としました。このお寺こそが、浅草寺の始まりなのだそうです。土師眞中知の死後、眞中知の子どもの夢に観音菩薩が現れ、そのお告げに従って土師眞中知・檜前濱成・檜前竹成を神として祀ったのが浅草神社の起源であるとされています。

浅草神社の実際の歴史は?

しかし実際には、平安時代の末期から鎌倉時代にかけて、土師眞中知・檜前濱成・檜前竹成の3人の子孫が祖先を神として祀ったのが、浅草神社の本当の起源であると考えられています。現在でも、浅草神社ではご神体として、土師眞中知・檜前濱成・檜前竹成を郷土神として祀っています。 浅草神社は、武家から庶民にわたる幅広い参詣者でいつも賑わっていたようです。
それにしても、浅草神社の歴史と由来はとても古くから伝わるものなのですね。

浅草神社の社殿や重要文化財


浅草神社は、浅草寺を向かって右手に位置します。浅草神社は決して小さな神社ではないのですが、大きな浅草寺に比べるとこじんまりとした印象。しかし、実は非常に歴史ある社殿なのです。

そもそも社殿とは?神社によって異なる社殿

社殿とは、神社の建造物を総称のことです。社殿といってもひとつだけの建造物を指すのではなく、この中には御祭神やご神体が祀られている本殿を始め、拝礼をする建物である拝殿や、神様へお供え物をする建物である幣殿、心身を清浄にするためにお祓いを行う建物である祓殿や、舞や神楽を奉納する建物である神楽殿・舞殿などが含まれています。もちろん神社によってその規模は異なり、必ずしもこれらが全て揃っている、というわけではありません。

徳川家光寄進による浅草神社の社殿は国の重要文化財

現存の社殿は徳川家光の寄進で慶安2年(1649年)に完成したものです。度重なる火災や戦争、関東大震災などの被害を免れ350年たった現在も当時の面影をそのままに残しています。徳川家光が寄進した社殿が、現在まで残っているというのは、本当に貴重なことです。浅草神社の社殿は、昭和26年(1951年)に拝殿・幣殿・本殿が国の重要文化財に指定されました。そして昭和の修営から33年経った平成8年(1996年)、工事費総額3億5千万円をかけて 塗り直しが行われました。

浅草神社のご利益

浅草神社のご利益は、「商売繁盛」・「家内安全」・「心願成就」などを授けていただけます。
それだけではなく、交通安全、社内安全、社運隆昌、工事安全、必勝祈願、無病息災、病気平癒、安産祈願、身体健全、合格祈願、と様々なご利益があるのです。

夫婦狛犬のいる浅草神社

また、夫婦狛犬が祀られています。神の使いとして聖域を守る役割を持つのが「狛犬」です。夫婦狛犬は夫婦円満、家内安全、また縁結びなどの意味合いもあり、ここもパワースポットとして知られています。
狛犬が2対になっているというのは珍しく、互いに寄り添う姿には「良縁」「恋愛成就」「夫婦和合」という願いが込められ、祀られているのです。
さて、浅草神社にはたくさんの種類の御守が販売されています。その中でも、特にユニークなのが、カード御守です。このカード御守は、ポイントカードとしても使えてたまったポイントは自分で使うことができるのですか、ポイントが失効すると神社の維持、運営のために役立てられます。ポイントがお賽銭のようなものとなっているのです。このカード御守は、新しい御守のカタチとして、海外からの観光客にも人気があるようです。

浅草神社の御朱印、もらい方など

御朱印とは、神社やお寺にお参りしたときに、証として授けられる印のことであり、神社やお寺の名前本尊の名前、お参りした日付などが墨で書かれています。本来、御朱印は、(写経)を納めた証として授けられるものでした。しかし、最近ではお経を納めなくても、お参りした証として授ける神社やお寺がほとんどになってきたのです。ちなみに、御朱印が授与されるようになったのは、神社やお寺にお参りをすることが一般的になった江戸時代からであるとされています。

浅草神社の御朱印のもらい方や受付時間

また、神社やお寺によって、御朱印のデザインには個性があります。同じものは、ひとつとしてないのです。そのため、御朱印のデザインの違いを楽しみにし、御朱印集めをしながらお参りする人も多いです。もちろん、御朱印は参拝の証として授与されるものなので、御朱印だけ受けてお参りはおざなりにする、なんてことがないように、御朱印を受ける際には必ずお参りをするようにしましょう。浅草神社の御朱印は初穂料は各500円です。また、御朱印受付時間は9:00~16:30となっています。

お祭りや行事に合わせて限定御朱印を手に入れよう!

また、浅草神社には、お正月や三社祭・夏詣などの神事や行事に合わせて頒布日限定の特別御朱印があります。特別御朱印はご朱印帳を持っていない人には頒布していないため、自分の御朱印帳を必ず持っていくようにしましょう。

新嘗祭の祭典に参列する人には、参列者特別御朱印というものもあります。この参列者特別御朱印には、祭典で神主が読み上げる祝詞の一文が入ります。新嘗祭の祭典への参列には事前の申し込みが必要となるので、新嘗祭に参列して参列者特別御朱印を受けたい、という人は一度浅草神社に問い合わせてみると良いでしょう。

浅草神社の結婚式(神前式)を挙げるには?


最近では、和装婚が人気になってきています。そのため、ウェディング雑誌でも和装婚の特集が組まれることも多いです。前撮りはウェディングドレスを着て撮影し、結婚式では白無垢や打掛といった和装で素敵な花嫁姿になるという女性も増えてきています。

浅草神社での挙式費用やスケジュール確認

浅草神社でももちろん結婚式が可能です。挙式料金は8万円。挙式の空き状況なども浅草神社のサイトでチェックでき、どこかプラン会社を通さなくても直接申し込みをすることもできます。

浅草神社には披露宴会場やレンタル衣装などはありません。そのため、浅草にある料亭やホテル、美容着付け店や写真店などと協力し合いながら挙式をおこなっていくようになっています。披露宴の会場では、浅草ビューホテルや、浅草で70年続く老舗のレストランである月見草が人気です。

また、レンタル衣装ではサンコレクションなどの和装、神前式に特化したプラン会社などを使うのも手です。白無垢・色打掛・本振袖など、浅草神社での結婚式にぴったりな、素敵な花嫁衣装が数多く取り揃えられています。また、挙式、披露宴、衣装などすべてセットできるようなプラン会社もありますので、いろいろ調べてみると良いでしょう。

浅草神社での挙式と人力車は人気のプラン


清らかな白無垢姿で花婿と一緒に、人力車に乗って写真を撮るというのも、浅草ならではの結婚式で、非常に人気があります。
浅草神社の神前結婚式では、楽人による笙の演奏もあり、とても厳かな気持ちで式を迎えることができます。もちろん、友人が参列することも可能です。

浅草神社で七五三やお宮参りをしよう

七五三は江戸時代の武家社会において子供の成長の節目を祝う風習であり、それぞれを髪置(かみおき)三歳、袴着(はかまぎ)五歳、帯解(おびとき)七歳という名称になっていました。

浅草神社での七五三

浅草神社では、七五三の祈祷も行われています。日本では古来から「七歳までは神の子」と言われ、生まれてから幼い間は魂がまだ定着していないと考えられていました。神様の前で祝いの儀式を繰り返すことによって、魂を固めていくという意味があり、子どもの成長を祝うためのとても大切なものなのです。
七五三の祈祷の受付は随時行なっていますが、土日祝日は混雑することが多く、特に昼の12時前後が混み合うので、時間に余裕を持って受付をするようにしましょう。下町情緒が残る浅草の神社で、あどけない笑顔で笑う着物姿の子どもは、本当に可愛らしいものです。

浅草寺でお宮参り


また、浅草神社ではお宮参りをする家族もたくさんいます。
お宮参りとは、「初宮参り」とも呼称し、「産土神(うぶすながみ)」が祀られた神社で、神様に赤ちゃんの誕生を報告し健やかな成長を祈る行事です。
「産土神」とは、その土地神のことであり、お子さんを生涯にわたって守護してくださる神様です。
つまり、産まれたお子さんが何事もなく無事に育っていくことを祈願して、土地の守り神である「産土神様」にご挨拶参りをします。
お宮参りは初宮参りともいいます。決していつ行っても良いというものではなく、「縁起の良い日に行う」というように古来から決められています。男の子は生後31日目か32日目、女の子は生後32日目か33日目にお宮参りに行くことになっています。

赤ちゃんの名前が決まったら命名奉告祭

また、浅草神社では赤ちゃんの名前が決まったら浅草神社に来社して、命名奉告祭を行ってもらうことができます 。「授名」は「名付け」ともいわれ、両親から子どもへの最初の贈り物であり、また、子どもの人生において大切な儀礼のひとつです。
浅草神社では、名付けから御神前に於いての命名奉告祭までを「授名」としており、命名奉告祭では神様と子どもの縁を結ぶことを大切に考えています。

浅草神社の三社祭

三社祭は、毎年5月に行われる浅草神社の例大祭です。 かつては観音祭・船祭・示現会に分かれていましたが、1872年から5月17、18日に行われるようになりました。現在では5月第3週の金・土・日曜日の3日間に渡って行われています。三社祭の期間は、江戸風情の残る下町である浅草が1年のうちでもっとも活気付くとされ、三社祭は東京の初夏を代表する風物詩のひとつとなっています。

三社祭の1日目は東京都無形文化財指定も見れる!

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三社祭の初日は、お囃子屋台や鳶頭木遣り、芸妓たちの手古舞や組踊りなどで編成された大行列が浅草の町に祭礼の始まりを告げます。それは賑やかで、「まさに浅草!」といえるような景色が広がり、仲見世通りは大勢の人で埋め尽くされます。また、東京都無形文化財指定の「神事びんざさら舞」も奉納されます。

三社祭の2日目は100基もの神輿が集う

2日目には、「例大祭式典」が行われ、その後に町内神輿連合渡御によって町内神輿約百基が神社境内に集まり、一基ずつお祓いを受けて各町会を渡御するのです。浅草神社には現在3基の神輿があり、三社祭では一之宮には土師真中知命、二之宮には檜前浜成命、三之宮には檜前竹成命の御神霊を移して、町中を渡御します。実は、御輿はかつて7基存在したが、全て戦災により焼失してしまったのです。かつて、徳川家光が1637年(寛永14年)に建造寄進した、300年の歴史を持つ国宝の御輿もありましたが、太平洋戦争のときに消失してしまいました。

三社祭の3日目三基の本社の宮出しと宮入りを見よう

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さて、3日目の最終日は、早朝には神社境内から担ぎ出される「宮出し」が行われ、日中は氏子各町を三方面に分かれ渡御し、日没後に神社境内へ戻る「宮入り」を迎えて三社祭は終わりを迎えます。
期間中は浅草の街がお祭り一色に彩られ、神社では各神事が行われます。また、境内や神楽殿で披露される様々な舞踊は、お祭りに華を添えています。

招き猫発祥の地、招き猫丸〆猫


招き猫丸〆猫は…非常に愛らしい顔をしています。気になる人は、ぜひ「招き猫 丸〆猫」で検索してみてください。「日本最古の招き猫は、こんなにカワイイものなのか」ときっと驚くことでしょう。そうです、この丸〆猫は浅草神社に由来する、日本最古の招き猫なのです。丸〆猫(まるしめのねこ)という名前のこの招き猫は、とてもユニークな表情をしています。

長い歴史を持つ浅草神社は、いつの時代も人々に愛されてきました。浅草神社を訪れる外国人観光客の数もますます増えることでしょう。浅草神社には、結婚式や七五三、お宮参りといった特別な機会だけでなく、いつでも訪れる人を温かく迎えてくれる不思議な力があります。また、浅草神社の御朱印帳は全部で3色あり、思わず全部揃えたくなってしまうようなデザインになっています。浅草神社には、御朱印を受けたり、お祭りに参加したりと、幅広い世代が楽しめる魅力がたくさんあります。浅草神社に祀られている土師眞中知・檜前濱成・檜前竹成の3人も、現代の浅草のあまりの賑わいに驚きつつも、楽しんでいるのかもしれません。

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