更新日:2015/03/26

浅草寺の裏手に、三社権現社とも呼ばれた浅草神社があります。

浅草神社の歴史

推古天皇(6~7世紀頃)の時代、隅田川で漁をしていた桧前浜成と竹成の兄弟が、聖観世音菩薩像を網にかけ、土師真中知という人物がその像をご本尊として自宅を寺院として開山したのが、よく知られる浅草寺の由来です。しかし浅草神社では、この時の桧前浜成、竹成、土師真中知を神として祀っているという事実は、あまり知られていません。浅草神社の境内には、江戸時代に建てられた立派な社殿が建っています。

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「浅草寺の隣にある浅草神社は、いつごろからできたの?」
「西暦628年の三月十八日。この日に漁師の桧前浜成・竹成兄弟が隅田川で漁労にでていたとき観音像を発見し、土師真中知 が信仰したんだ。この猟師たち、最初はこの像がなんだか解らず、海に何度も投げ捨てたんだって。でもそのたびにまた網にかかるから何事?と思い、もちかえっ経ったそうだよ。土師真中知が亡くなった後、その嫡子が夢 で観世音のお告げを聞き、桧前浜成・竹成と 土師真中知を神として 祀ったのが三社権現社つまり、今の浅草神社の始まりだよ。また、平安末期から鎌倉時代に、権現思想が流行し、末裔が先祖を祀ったとも言われているよ。
「神仏分離令ってなに?」
「1868年に明治政府は、王政復古、祭政一致の実現のために神仏習合(神仏混淆)を禁止したんだ。
神道国教化するために神仏習合を禁止する必要があったんだ。神仏分離令によって、神社と寺院は、分けられそれぞれ独立したんだよ。これにより、僧侶は還俗させらられ、 御神体を仏像とすることも禁じられ、神道の神様にお供えすることも禁じられたんだ。
「浅草神社は、どうなってしまったの?」
「明治維新の神仏分離令がなされると浅草寺との袂を分かち、明治元年に三社明神社と改称、 さらに浅草神社と改称され 同6年に浅草神社となり現在に至るよ。」
「浅草神社の社殿は誰が造ったの?」
「浅草神社の社殿は慶安2年(1649年)に徳川家光によって建立されたんだよ。」
「戦災などからの影響はなかったの?」
「これまでに、関東大震災や戦災があったけれど免れ、現在まで変わらずその姿を残しているよ。昭和21年(1951年)には国の重要文化財にも指定されたんだ。」
「お祭りはあるの?」
「あるよ。毎年五月の 例大祭 三社祭が行われ、大いに賑やかになるんだ。 人びとからは三社様と呼ばれて親しまれているよ。」
「浅草神社にはどんな御利益があるの?」
「浅草神社は、縁結びのご利益がある神社として有名だよ。」
「浅草神社に、漫画 『こち亀』の石碑があるって聞いたんだけど本当?」
「うん。浅草神社には人気漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の石碑があるよ。」
「なぜ浅草神社に石碑があるの?」
「 『こち亀』の コミック発行部数が1億3000万部を突破した記念に建てられたんだ。 浅草は漫画の主人公・両津勘吉が生まれ育った故郷なんだよ。浅草神社は 、小学生時代に 両さんがよく遊んだ場所で、両津勘吉の親友の村瀬賢治が引越してしまう時、一緒に思い出のベーゴマを埋めた場所でもあるんだ。その後、親友の村瀬は警官になった両津勘吉に追われるんだ。(「第57巻の『浅草物語の巻』)そのワンシーンも石碑に描かれているんだよ。この漫画は、1976年に連載が始まってから現在まで29年間、一度も休載がないんだよ。」
「浅草には、きつねのお守りや絵馬があるけど神社ときつねはどう関係しているの?」
「古来から日本では、山や森などに神様が宿ると考えられてきたんだ。同じく動物も神様と関わりがあり、やがて 狐つまりお稲荷さん が信仰の対象となったんだ。」
「狐が対象となったのはなぜ?」
「狐が稲荷神社の使いとされた理由としては、御祭神の別名・御饌津神(みけつかみ)の字に、狐(ケツネ=キツネの古語)を使い、三狐神と記したため、あるいは秋に収穫のされた稲穂を稲荷神社にお供えす際、垂れ下がった稲穂が狐のしっぽに似ているため、など諸説あるよ。」
「お稲荷さんと浅草神社の関係は?」
「お稲荷さんは稲が育つということを意味するんだ。稲荷神社の御祭神は宇迦之御魂神で、この宇迦は食(うけ)、つまり食料の稲の成育を守る神様なんだよ。また、中世からは衣食住と産業の神様としても崇められるようになったんだよ。」

浅草の歴史を見る

浅草寺の巨大な本堂の右手に回ると、浅草神社の鳥居が立っているのが見えます。鳥居の中に進むと、境内は広々としていて、いかつい姿の狛犬がお出向かえです。狛犬は全部で4体あって、神社の境内を悪霊から守っています。

右手に神楽殿が建っています。浅草神社の年中行事で、この神楽殿が利用されているようです。手を清める手水舎は、朱色のうるしを貴重として装飾が施された立派な姿です。水道水でさえも神社の神聖な水に見えてしまいます。

拝殿も同様に、うるし塗りと装飾が施されています。この社殿は第三代徳川家光により寄進された社殿であるとのことです。関東大震災や第二次大戦の東京大空襲の大火を避けて、ずっと建ち続けているという貴重な社殿で、国の重要文化財となっています。拝殿の裏手に、家光の寄進した本殿があるのですが、拝殿や境内の木々に遮られて、よく見ることができません。

浅草神社では、願いを込めた絵馬を奉納できるほか、厄除け、家内安全、商売繁盛などの祈祷を受けられます。浅草寺を訪れたら、裏手の浅草神社を訪ねて、手を清めて参拝するのをおすすめします。

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店名 浅草神社
住所 東京都台東区浅草2−3−1

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カテゴリ:お寺・神社, 歴史 タグ:

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