浅草の観光スポットと言えば、なんと言っても浅草寺ですね!浅草寺に行くことや、浅草寺や浅草寺近辺の情報は、テレビの情報番組で紹介されていますが、浅草寺自体の紹介は、あまりされていないように思います。

そこで、浅草寺そのものについて、浅草寺の見所やご利益、歴史を中心に紹介したいと思います。

浅草寺の見所!おみくじやご利益など全部紹介します

上空からの浅草寺

浅草のシンボル、また東京のなかでも屈指の観光名所である浅草寺。浅草寺に行く前に知っておきたい情報をまとめてみました。

東京都内最古の寺院!浅草寺の歴史

浅草にあるのに浅草寺(せんそうじ)という、ちょっとした違和感を感じてしまう読み方ですが、これには理由があります。お寺は、音読み、神社は訓読みということで、命名されているようです。そのため、お寺なので”あさくさ”にある”せんそうじ”という読み方になっています。

そんな浅草寺の歴史は628年、現隅田川で、漁をしていた兄弟の網に仏像が引っかかったものが、浅草寺本尊の聖観音像とされています。

ちなみに628年前後と言えば、日本では推古天皇が崩御され、お隣では唐朝が栄え、ヨーロッパでは東ローマ皇帝が栄えていたような時代です。

浅草の歴史

この像を拝した兄弟が、自宅を寺に改めて供養したのが、浅草寺の起源と言われています。(この像は、埼玉県飯能市岩淵にある岩井堂の観音様が、成木川から隅田川に流れてきたものとされています。)

鎌倉時代の『吾妻鏡』で、鎌倉の鶴岡八幡宮を造営する際に、浅草の宮大工を呼び寄せて、作った記録があります。また、鎌倉時代の後白河法皇の四十九日の法要で浅草寺の僧侶が参加しています。そのころから、浅草寺は、お寺としての建築をする宮大工さんや、僧侶が存在して、お寺として知られていたことを現しています。

江戸時代には、徳川家康が浅草寺を祈願所と定めることで、徳川家から浅草寺は観音霊場としていたため、多くの参拝客が訪れるお寺になりました。その時期に、表参道に今の仲見世の前身となる商店が立ち並びました。ちなみにこの浅草寺周辺の掃除が、商売をする条件だったのだとか。

明治時代、浅草寺の周辺は、盛り場、娯楽場として、近代的な煉瓦作りの建物が建ちました。日本初のエレベーターは、浅草寺周辺の建物と言われています。関東大震災、東京大空襲での焼失もあり、衰退傾向にありましたが、住民の協力により、東京における人気観光地として、羽子板市や、ほおずき市などの年中行事は、多くの人出が出て、賑わっています。

浅草寺のおみくじ

おみくじ

観音百籤は浅草のおみくじです。浅草のおみくじを引いて、あまり悪い結果が出てもがっかりしないでください!実は、浅草のおみくじは悪くて当たりまえ。むしろ他のお寺のように大吉がバンバン出ることは無いのです。

浅草寺のおみくじ 浅草寺のおみくじ100円

じつは、これは昔からのおみくじをそのまま踏襲しているのだそう。凶の確率が多いのも、その分正しく生活を続けていれば、それは吉に転じますよ。ということだそうです。

ただし!実は凶が一番多いというわけではなく、以下のような割合に決められているのだそうです。

凶30%/吉35%/末吉6%/半吉5%/小吉4%/末小吉3%/大吉17%

確かに凶は多いものの実は吉のほうが多い!観音百籤に従い割合を決めているので、浅草寺が少ないのではなく、他の神社の割合が違うと考えたほうが自然みたいですね。

凶を引いた場合は、浅草寺内に結んで帰りましょう。

凶が出たら結んで帰る

悪いことは浅草寺が引き受けてくれる、とも言われています。ちなみに十数回連続凶が出たなんて話もありますが、あまり何度も引くとありがたみがなくなりそうな気がするんで止めておきましょう。笑

ちなみに2018年夏は大吉が出ました。勿論、大吉も入っていますし、何回も引けばね!

浅草寺おみくじの大吉

浅草寺のご利益

大混雑の雷門

浅草寺のご利益は、「諸願成就」といわれています。

つまり、どんな願いも叶えてしまうという万能ご利益!恋愛、商売、健康、勉学など、悩みがある方は浅草寺を一度訪れてみましょう。

ちなみに恋愛成就を希望されている方は、有名な縁結び神社である今戸神社が近くにありますので、そちらへ足を運んでみても良いでしょう。

浅草寺は7月10日にお参りすると46,000日分お参りしたのと同じご利益があると言われていますので、何度も行けない!という方はその日をターゲットにして来ると良いかもしれません。

浅草寺のイベント

白鷺の舞

浅草寺や浅草寺の周辺では、1年を通して様々なイベントがあります。混み合ってはいるものの、やはりお祭り状態の時に来たほうが観光も楽しくなるというもの。浅草寺でのお祭りや浅草周辺のイベントは、こちらをチェックしてみてください!

浅草寺の初詣

浅草寺の初詣

東京の東側に住んでいる方は、初詣は浅草寺で!と決めている方も多いのではないでしょうか?浅草寺の初詣は、三が日で283万人もの人が訪れるのだとか。この数、1位は316万人の明治神宮。2位は千葉の成田山、3位は川崎大志238万人なので、東京の中では2位ということになりますね。(参拝者数参照:マップル観光ガイド)

浅草寺の初詣はとにかく混みあいますので、こちらも見ておきましょう!

浅草寺観音様に関する豆知識

浅草寺

ところで皆さん方、浅草観音で有名な浅草寺の本尊である観音様って、どんな仏様か、又、どの位の大きさだか御存じですか。

これは実際に小生が中学2年生時の修学旅行でのこと、江ノ島、鎌倉から東京の見物の折に、鎌倉見学を終えて、東京の浅草寺をお参りしたした時のこと、
ガイドさんかが謎々クイズを質問して、

「昨日観た有名な鎌倉の大仏様と此方の浅草の観音様が同じ歩調で、向かい合うように一歩、一歩、歩いた場合、果たしてどの辺りで出会うでしょうか・・?、但し、浅草の観音様は御覧のように御堂はかなりの大きさですが、大仏さんより大部小さめです・・?」

皆は中学生でもあり、若干でも地理的な知識のある者が横浜とか川崎、又は品川、日本橋、などと各自が適当に答えを言っていたが、ガイドさんの答えは『雷門で―す』というのです。 「雷門って、あそこか」と、一人の生徒が驚いて指を指すのです。

さてさて、実際の浅草の観音様は「聖観世音菩薩像」と言って、背丈の大きさは「一寸八分」(約5cm)という驚くような小柄であり、又、その造りは黄金に輝く仏もと伝えられているのです。この仏様は普段は見ることのできない、未開の秘仏と定められているのです。

小さな祠に安置されていた小さな観音様は、大化元年(645年)になって勝海上人(しょうかいしょうにん)がこの地を訪れ、観音堂を建立し、夢のお告げによりご本尊をご秘仏と定められたと言われます。

このような豆知識が知ってから浅草寺観光をするのも良いですよね。

現地には下記のようなパネルも宝蔵門前脇に設置されていますので是非眺めてみてください。

1、浅草のあけぼの
浅草のあけぼの

2、御本尊の示現
御本尊の示現

3、浅草寺の草創
浅草寺の草創

4、慈覚大師中興の開山となる
慈覚大師中興

5、平公雅堂塔伽藍を建立
平公雅堂塔伽藍を建立

6、源頼朝の参詣
源頼朝の参詣

7、徳川将軍の篤い保護
徳川将軍の篤い保護

8、江戸時代境内と奥山の賑わい
江戸時代境内と奥山の賑わい

9、浅草寺の寺舞
浅草寺の寺舞

是非、現地で眺めてみてください。

浅草寺の見所

浅草寺

浅草寺は東京ではなかなか大きな寺院。知らないと色々見過ごしてしまうことにも。実は浅草寺には、14の諸堂があります。有名なものから、あまり知られていない諸堂まで、すべてご紹介します。スタート地点で雷門から、浅草寺の中にあるチェックポイントを1つ1つ紹介していきます。

詳しい紹介は別記事にまとめていますので、「浅草寺にある14の諸堂」をチェックしてみてください!

雷門
kaminarimon

浅草の雷門通りにある言わずと知れた観光スポット雷門。風雷神門とも言われます。浅草寺の玄関であり、待ち合わせスポットや撮影スポットでもあります。この雷門は942年に作られ、3度の焼失を経て今は4代目にあたります。1960年にパナソニックの松下幸之助さんにより再建された雷門。実はこの雷門の裏側は要チェックです!覗いてみると、美しい木彫りの龍が鎮座しています。

宝蔵門(仁王門)
宝蔵門(二天門)

雷門を通り、仲見世通りを通り抜けると、最初にある門がこの宝蔵門です。その他に仁王門とも言われています。大きな構えの門には赤い提灯が下がり、小船町と書かれています。1945年、戦争にて一度被災するものの、1964年に今の姿となり再建されました。

宝蔵門について書かれた看板

見所は裏にある大きなわらじ。どれだけ大きいかというと高さ4mあるというから驚きです。

宝蔵門裏側のわらじ

この大きなわらじを履くほど大きなものによっえ浅草寺が守られているという証なのだとか。

宝蔵門の中から写真をとるとこんな感じになります。写真が上手な人が撮ったらもっといい絵になるはずです。

宝蔵門の中から浅草寺を撮影 大きな提灯と光が綺麗
本堂
本堂

宝蔵門を過ぎると正目にあるのが本堂です。手前には煙をもくもくと上げている香炉が。皆さんが頭に煙を浴びていますが、これは「悪いところに煙をかけると良くなる」と言われているものです。頭じゃなく、足や腰など、悪いと思う場所にあててください。本堂自体は1649年に立てられましたが、戦争にてやはり焼失。今のものは1958年に再建されたものとなります。

五重塔
五重塔

本堂と宝蔵門の中間地、本堂向かって左にあるのが五重塔です。昔は33mの木造であった五重塔ですが戦火に飲まれ再建されました。現ものは53mもあるとのこと!美しい姿は必見&撮影も必須ですね。

伝法院
伝法院

実は。浅草寺の中に国の指定名勝である庭園があるのをご存知でしょうか?五重塔の裏当たりに、およそ1万平方メートルにわたって存在しているのです。こんなに広い場所なのに知らなかった!という方。知らないのもそのはずで、普段は一般公開されていない場所。しかし、3月中旬から5月初旬までの間、有料で一般公開されるようです。桜の美しい時期に、足を運んでみましょう。もちろん毎年高齢とは限りませんので事前確認は各自お願いします!

鎮護堂

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伝法院通り横にある、「おたぬき様」と親しまれているお堂です。大きな建築物は1945年の空襲で戦災にあって焼失してしまっているなか、災害を逃れ、大正2年から今の姿を残している貴重な存在です。お堂の横にはのっぽとちびの「おたぬき様」は2体迎えてくれます。火よけや盗難の守り神として信仰を集めていますので、家族で暮らしている方や、お店を運営されている人にはぴったりですね。

弁天堂

法蔵院を本堂に向かって右手に進んだところにあるのが弁天堂です。関東にある三大弁天の中の一角を担っているのがこの弁天堂にいらっしゃる弁天様です。「老女弁財天」と言われています。ここにあるのが除夜の鐘を鳴らす「鐘楼」。1692年に建てられた鐘楼ですが、戦火で焼失。しかし鐘だけは無事に何を逃れ、今もその鐘の音を響かせています。

お水舎

浅草料理飲食業組合によって寄進された水の神様がいらっしゃるお水舎。おみずやと読みます。

二天門
二天門

浅草の重要文化財に指定されているのが、馬道のほうにある二天門です。二天というのは、その門にいらっしゃる二天像に由来しています。持国天、増長天と呼ばれる仏様で、もう色味が落ちているものの、赤いほうが増長天と青い方が持国天です。1649年からその姿を今に伝えています。

薬師堂

浅草寺の本堂に向かって左奥へ進んでいくと、4つの諸堂があります。そのうちの1つがこの薬師堂。ここの見所はお堂の横に小さく佇む「一言不動」。1つだけにしぼり願うと、その願いが叶う!といわれている「ひとことふどう」です。あれこれ考えず1つにしぼってみましょう。

影向堂

薬師堂の横にあるのが、影向堂(ようごうどう)です。観音様に協力する仏様を影向衆といい、その影向衆のためのお堂が影向堂です。影向堂自体ももちろんですが東京都指定文化財である東京都で最古という木造の建造物である六角堂や、東京都で最古と云われる石橋も要チェックです。

淡島堂
浅草寺のお堂

和歌山県の淡島神社が元ととなる淡島神(あわしまかみ)をおまつりするお堂が淡島堂です。この淡島神は女性にとってのあらゆることをつかさどる神とされており、安産祈願、子宝だけでなく、お裁縫が上手くなるなんてことにも関すると言われているんです。2月8日には使えなくなってしまった針を、柔らかい豆腐に刺して供養する「針供養」があり、そのときは多くの女性で賑わいます。

銭塚地蔵堂

銭塚の名前の通り、商売繁盛祈願のお堂です。しかし、もともとは1700年過ぎんあたり、銭を見つけたある奥さんが、この銭に頼ってはだめだ!と銭を地中に埋めたところ、その家族は繁盛し、銭塚地蔵尊をおまつりした…という話が元になっていますので、銭塚地蔵堂に頼るだけでなく、自ら頑張ることも忘れずに。

駒形堂

実は、ここだけ浅草寺からは離れた駒形橋の近くにあるお堂です。これは浅草寺の発端に関係しています。浅草寺はもともと、浅草にいたある兄弟が隅田川で仏像を拾い、その仏像が聖観世音菩薩だとわかった兄弟は、出家し浅草寺の前身を築きました。その観音様が上陸した場所としておまつりされているのが、この駒形堂。スカイツリーを望める撮影スポットでもあるので、寄ってみてくださいね。

おまけ:浅草寺の自動販売機
浅草寺の自動販売機

最後に少しおまけ情報。浅草寺に行かれたら是非自動販売機もチェックしてみてください。

雷門デザインのミネラルウォーター

雷門のイラストがデザインされた浅草限定の富士天然水のペットボトルが売っていますよ。中身は富士山のバナジウム天然水ですが、記念になると思いますのでおすすめです!

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